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個別記事の管理2011-10-28 (Fri)
パッケージとか、ゲーム雑誌の情報とか、そこから遊びたいと
思うゲームを選んでお金を払い買ってもらう。
そして受け入れられれば「面白かった」と言ってもらえ、
楽しくなければ「ク○ゲー」と評される。

商品だからもちろん売り上げを出すこと、でも同時に遊んでもらう
人に楽しんでもらえる作品を。

それが今までだった。

売れるゲーム、そして楽しんでもらえるゲームを作りたい、
お客にお金を出してもらうだけの、納得できるゲームを作りたい

今まではその思いで作ってきた。


今はどうだろう?

まずはユーザーは無料でお試しで遊んでみる。
つまらなければそこで終わり。

先に進めばいずれ色々やりたいならお金を払えと言われる。
誘惑に負けたユーザーはそこで課金をする。

「課金の仕組みをしっかり考えろ」、「いかにユーザーの
懐を緩くさせるかが勝負だ」そんなことばかり言われる。
商売なので売り上げを上げるのは当然。
それがなけりゃ収入がなくなる。
正当な物言い。

でも自分の中では何かが違う。
ゲーム作りってそんなんだっただろうか?

ソーシャルゲームというものが出てきてから、何か開発者たちの
人格まで変わってしまったように思えるのは思い込みすぎだろうか。

そんな状態が多分もう1年以上続いてる。
それは自分からゲーム作りに対するモチベーションを
奪っていくには十分すぎる時間。


ちょうど電車の中で、ソーシャルゲームに夢中になっている
乗客をみかけた。
なにか必死にボタンをポチポチ押したり、コメントを送る姿に
痛々しさと怖さを感じてしまった。

比べて隣ではPSPでモンハンをプレイしている乗客。
何か懐かしさを感じる。
もしこれが自分が作ったゲームだったらすごく嬉しいん
だろうなと思う。


この差は…。
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* Category : ■仕事
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* by まるぞ~@埼玉
ありがとうございます。
今まではお金を払って遊んでくれる人がいるから、
それに値する商品を作ろうという考え、
でも今は基本無料でもそれなりに遊べて、でもそれじゃ
利益にならないから、何とか客からお金をとる方法を考えろ、
その考え方の違いがどうしても自分には受け入れられないんです。
それが根本で、あとはそれに色々なものが付随してる感じですね。

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